宇宙まで視野を拡げて思うこと

 最近一向に拡がらない私の視野を拡げようと天体望遠鏡を仕入れ、星空を覗いている。小生の狭い視野を一気に宇宙まで拡げてみた訳だ。そちらの方の知識は全く持ち合わせていなかったので、天文学にとても詳しく、ご自分の天文台まで所有されておられるある方に、小生のお師匠になって頂き、望遠鏡購入の段階からご指導を頂いた。

  ある日、お師匠に今時期は南天の方向に木星が、そこより少し東側に土星が輝いているよ”との教えを頂き、さっそく購入した望遠鏡を向けてみた。間違いなく木星だ!図鑑で見るほど鮮明ではないが、木星特有の横縞とその4つの衛星、土星も例の”輪っぱ”まではっきりと見える。何とも経験したことのない興奮と共に不思議な気分になる。しかも木星も土星もガスの塊で地面はないのだそうである。小生の息子達にも覗かせると、いつまでも楽しそうに覗いている。妻も母も妹も然りである。

 これは家族共通の趣味として楽しめるぞ!しめしめ!凝り性の小生としては、今後のグレードアップに金を賭けるにも、我が大蔵大臣は理解を示してくれるのではという浅はかな期待を抱く。本当はもうすでに、もう少し太いのが欲しくなっている。(実はその後20Cm級の太いのを仕入れたのである)

 それはさておき、老若男女を問わず、星には何か神秘的な魅力を感じるのだろう。最近私は、外に出ると夜空を見上げる癖がついてしまった。暗闇の中、空ばかりを見て歩いているのである。何故か毎年、今時期(初冬)から道路工事が多くなるので、せいぜい工事現場の穴かマンホールに落ちないように気をつけなければなるまい。 

 さて、小生はつい最近まで、宇宙には銀河系は一つで、その中心が太陽だと思っていた。何とも恥ずかしい限りである。我々が存在するこの銀河系(中心部が盛り上がった円盤の様な形をした何千億という星の集まり)の端から端までの距離はおよそ10万光年もあるのだそうだ。1秒で地球を7回半廻るスピードが光速で、秒速にすると30万Km、時速にすると1800万Kmということになる。このスピードで飛んでも何と10万年もかかる距離なのだそうだ。時速100Kmで行くとなると180億年もかかる計算になる。

 とてつもなく”デカイ”のである。しかもこのような銀河系が、現在まで大小含めて約2000億個以上も確認されており、しかも一番近いお隣さんのアンドロメダ銀河までの距離は、約230万光年というからこれまたものすごい話である。到底スペースシャトルの次元では太刀打ちできる代物ではない。今後人類が光速で移動できる乗り物か何かを創ったとしても、隣の銀河系におじゃまするには、片道に230万年もかかってしまうということになる。時速100Kmで行くとなると何と4140億年もかかる計算になる。

  小生が購入した望遠鏡でもアンドロメダの光が拡がっているのが見えるが、今、見たこの光が今から230万年前に発した光を見ているわけで、そう考えると頭がおかしくなってくる。多分、他の銀河系のある星でも、他の星にも生命が存在すると信じて宇宙を見ている生命体が必ず存在するのだろう。しかし、我々人類の科学レベルでは接触する手段がないのである。
 

 天文学者の多くは、地球外生命の存在を否定しないという。”天文学”を志して数ヶ月の私ですらそう信じたくなるような神秘と壮大さがある。これだけ大きな宇宙の中で生命体が存在するのは地球だけだと考える方がおかしいと思えてくる。たかだか人類は、我々がお世話になっている銀河系の中の、太陽という星を中心として廻っている、いわゆる太陽系の中の惑星(月とか火星)にしか手が届いていない。その太陽系の大きさは銀河系の中では点にもならない大きさなのである。しかも太陽のような星は我々の銀河系の中にでさえ、まだまだ沢山存在するのである。

 この宇宙スケールで物事を考えると、自分の一生などは点にもならないのである。そう考えると何か少しだけ気が楽になったような気がする。日常のつまらないストレスや悩みなど宇宙のレベルで考えると無に等しいものなのだ。 

  NASAのスペースシャトルに乗って、外から地球を見た人は皆本心から”平和が一番大切だ!”と思うようになるのだそうだ。また神の存在を信ずるようにもなるという。一説によると地球の寿命はあと50億年であると言われている。50億年経つと爆発してしまうのだという。しかし地球を大切にしない人類は50億年どころか、あと200年も保たせる事が出来ないのではないかと思えてくる。小生も悲しいことに地球を汚している一人だが、人類が地球を壊してしまう前に、何とか地球上の60億の人類全てをスペースシャトルに乗せて、外から地球を見せてやる必要があると思えてくるのである。

     

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